閉じることのない傘
僕は右手で傘をさす。
傘の下にいつもいるはずの彼女の姿はなく、僕の身体だけが虚しく雨に打たれていた。風がひどく冷たい。
濡れた道路に反射したネオンは、今いる場所を異世界に見せてくれた。現実じゃないのかもしれないと何度も目をつぶっては、通り過ぎる車の喧騒が無残にも僕をこの世界に引き戻した。
「なんであの時…」
一瞬の出来事だった。
彼女の悲鳴とともに傘がふわりと舞い、世界がスローに見えた。
クラクションを鳴らしながら暴走した車が目の前の店舗に突っ込む。
ほどなくして濡れたアスファルトに舞い落ちる傘が視界を横切った。
「嘘だろ…」
あれからもう3ヶ月。
雨が降る度に後悔は消えずに積もる一方だ。
今もまだ、僕は傘を閉じられずにそこにいた。店舗の前の道路に添えられた花束がせめて濡れないようにと傘を差し出す。
そんなことをしても時は戻らないのにと、花束を包む透明なフィルムがネオンを反射して僕にそう告げた。