花壇
「あーあ、我が家に素敵な花壇があったらなぁ」
娘はいつもそんな事を言う。
女房は娘が3歳の時にこの世を去った。花を育てるのが好きな女だった。毎日花壇に水をやる姿を作業場から横目で見ていたものだ。
傘職人として男手一つで子育てしてきた俺に、花を育てる技術などあるはずもなかった。
見る見るうちに花壇の花は荒れ、いつしか最後の一輪だけになっていた。女房の好きだった名前もわからない青い花。
その花すらも枯れてしまった後に取り残された褐色のレンガは、いつも寂しそうに俺の方を向いていた。
それから娘と二人で苦しい日々。傘も売れず娘に何一つ買ってやることができなかった。そんな俺に娘は何一つ欲しいと言わなかった。
唯一、呟いたのが女房の好きだった花壇。せめて花を咲かせた花壇の一つくらい贈りたい。
俺は来る日も来る日も傘を作った。
そして、娘の二十歳の誕生日。
「花壇、作ったぞ」
煙草を吹かしながら娘を作業場に案内した。娘は作業場に咲く傘を見て目を輝かせた。
「お父さん。素敵な花壇ありがと。お母さん、きっと喜んでると思う。一輪もらっていくね」
薄っすらと目に涙を浮かべた娘は、女房の好きだった青の混じった花を摘んで、雨の成人式へと出掛けていった。