たった一度の嘘
人間はいつから嘘という魔法に取り憑かれたのだろう。つきたくない嘘もある。つかなければならない嘘もある。
そんなことは分かっていても、心無い嘘の横行に社会の疲弊は明らかだった。
天界で度重なる協議を行った。社会の秩序を保つためには人間の機能を制限することも必要だ。
神は人間界を変えるため『生涯で一度しか嘘をつけない』というルールを定めた。
神は興味深かった。
たった一度の嘘を人間がどの場面で使うのか。八百万の神々と天界から真剣に見守った。
ある老夫婦。
いつもの散歩で仲良く手を繋いでいた。無駄な延命をやめた夫の寿命は残りわずかだった。
神にはそれが見えていた。
「あなた、身体痛くない?」
妻が夫の背中をさすり、退院後初めてそう呟いた。
「あぁ、大丈夫だよ」
優しい夫の嘘に神々の心が震えた。