日が暮れる少し手前。好きなギターの雑誌を読みながら母の帰りを待つ。
いつか手にしてみたい。おもちゃやゲームなんて何もいらない。この雑誌のギタリストみたいに自分の指で弦を弾いてみたい。
赤とんぼが網戸から飛び立つと同時に母が玄関を開ける音がした。
「ただいまぁ。ごめんね、いつも一人で待たせて」
父さんは随分前にいなくなった。音楽に集中するって言ってたけど、本当のところは分からない。
残してくれたピックだけが僕の宝物だった。
「母さん、もしもね。もしもだよ。次の誕生日に少し余裕があったら中古のギターが欲しいんだ」
「ギター? ごめん、無理かな。家計に全く余裕がないや。父さんみたいにいい加減な人になりたくなかったら、ギターだけはやめなさい」
僕は一度も贈り物をねだった事はない。でも、どうしてもギターが欲しかった。僕を置いて出て行くほどなんだ。きっとすごい楽器に違いない。
母が夕食の準備を始めると、僕は部屋へと戻った。ギターのことを考えるだけで胸の鼓動は高鳴る一方だった。
ちょうど夕陽がブラインドを通して僕の部屋の壁に五弦を描く。僕は父さんのピックで影の弦にそっと触れてみた。
「音が聴こえる!」
影の弦は確かに魅惑の音を奏でた。夕陽が作る一時の影。
僕は閃影ギタリストになることを決めた。