夜喰虫
蝉が夏を奏でる。
そよ風に呼応するように風鈴の音が後を追う。
今も昔も変わらない日本の夏の風景。
風呂上がりに家族でスイカをかじる。それが一番の楽しみだった夏の夜。
「昔はね、夏といえば蚊やハエに悩まされたものよ」
母が聞いたことのない虫の名前を口にした。僕はスイカの種をスプーンでよけながら母に聞く。
「何それ?聞いたことないや」
今から百年後の日本。
ついに人類は邪魔な虫を科学技術により根絶した。夏に刺された蚊の跡に悩むことも、腐敗した食品にハエが飛び回ることもなくなっていた。
「母さん!! 窓の外がおかしい!」
もうすぐ深夜だというのに、突然我が家にスポットライトがあたったように外が明るくなった。目を細めて網戸越しに景色を見る。
「何?え?嘘…」
根絶された虫たちは黙っていなかった。
『夜喰虫ーよるくいむしー』
大量発生したそいつらは、身体中から光を放ち、日本から夜を奪った。その様子は、まるで闇を食べ尽くすかの様だった。
僕が過ごした最後の夏の夜。夜は暗いものだという思い出は、このあと遠い過去の記憶となる。