読むサラダ〜140字小説家の挑戦〜

140字小説家✒︎『Twitter novelist』による新しい文学への挑戦記。文字を使って様々な文学への可能性を追求します。一緒に作品を作りませんか?

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ブログ短編小説『幻のブログ』✒︎

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『あなたの夢を叶えます』

 

時刻は深夜0時。令和元年がスタートしてから何日が経過しただろう。私はいつもと変わらない夜に偶然それを目撃した。

 

はてなブログのランキングの最下位。少し眠い目をこすり、なんとなくその記事をクリックした瞬間、『夢を叶える』という文字が目に飛び込んできた。

 

「あぁ、よくある開運的なブログだよね」

最初はそう思っていた。みんな気付いていないのか、興味がないのか、そのブログの読者数は私一人だった。

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明日も退屈な仕事が待ち受けているだけ。

私は開運に騙されてツボを買わされるほどバカではない。暇つぶしにその記事をスクロールしてみることにした。開けた窓の夜風を受けてコーヒーの香りがデスクに漂う。

 

『あなたには姉と弟がいます。二人の人生を羨ましいと嘆いていませんか?』

冒頭の記述に私の心拍数が上がった。私には確かに姉と弟がいる。姉はフィアンセのいる海外に移住しているし、弟は会社を起業して今や立派な経営者だ。

 

平凡なのは私だけ。

 

「随分とターゲットを絞ったブログなのね。姉と弟がいなければここで読むのをやめちゃうじゃない。仮にいたとしても、人生に不満が無ければこんな記事は読まれないわ」

そんな愚痴を言いながらコーヒーを一口含んだ。

 

『小学生の頃、あなたは姉や弟と変わらず活発だったはず。いや、才能も一番飛び抜けていたんじゃないですか?

ところが、高校、大学と進学するにつれて現実が見えてきたあなたは色々な夢を捨ててしまった。ピアノもパティシエも美容師も、全部あなたに可能性のあったことだったのに』

 

私は気が付けば立ち上がっていた。このブログが誰に向けて書かれたものか分からないけれど、この中の"あなた"は紛れもなく私のことだった。そう信じたかった。

マウスを掴む手の汗が止まらない。偶然だ。そう思いながらも読み進めるしかない自分がいた。

 

『令和元年がスタートした今、あなたは生まれ変わります。明日には会社を辞め、今までやりたいけど諦めてきた夢に向かって突き進むあなたの姿が私には見えています。

さぁ、↓の住所まで今すぐ走り出しましょう。このブログを目にしたあなたなら、きっと夢を掴むだけのパワーが残っているはず』

 

なんだろう。なんの根拠もないただのブログの記事なのに、鼓動の高鳴りが止まらない。どこの誰かも分からない最下位のブログを読んで、こんなにも動揺するなんて。

私は気付けばパジャマのまま、ロードバイクに飛び乗っていた。

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指定されていた場所はアパートの一室だった。私の家からは自転車1時間くらい。深夜にも関わらず、パジャマで自転車に乗る自分に呆れ返る。

スマホナビの音声だけが静寂な街の中でBGMとして流れていた。

私のようにあのブログを目にした人はいるのだろうか?いや、目にしていても信じて走り出した人などいるはずもなかった。

 

時間の流れは不思議と感じない。夜のアスファルトをひたすら真っ直ぐ進んだ。

 

アパートに着く頃にはシャワーを浴びた意味がないくらい汗をかいていた。明日の仕事は100%寝不足で戦わなければならないだろう。

ブログに書かれた号室の郵便受けを覗くと、部屋のキーが入っていた。

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こんな場所まで足を運んだ自分が信じられなかった。この歳で何に期待しているというのだ。鍵を開けて部屋の中を覗いたらすぐに帰ろう。

私は足早に指定された部屋に向かった。

芸能人ですらない私にドッキリが待ち構えている可能性もゼロ。もはや笑うくらいしか落ちがつけられなかった。

ガチャリ。

 

アパートのドアの鍵が開き、夜風がドアから吹き抜ける。真っ暗な廊下を朧げな手付きで進み、リビングの灯りを付けた。

次の瞬間、私は絶句した。

 

目の前に現れたグランドピアノ。その横には美容師の道具が全て揃ったシザーケース。さらにはパティシエ修行のためのパスポートと海外行きのチケット。

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そして床に置かれた一枚の手紙。差出人は母だった。

 

『やっとブログに気付いてくれたんだね。あれは私があなたに向けた記事。小さい頃から姉や弟を気遣って、いつも自分を犠牲にしてきたのを知ってるから。もう自由にしていい。

この部屋にある物はあなたがお年玉で貯めていたものに私の年金を少しだけ足して用意したものだから。あなた、泣きながら家を飛び出しちゃったからどの夢を叶えてあげたらいいのか母さん分からなかった。だから、全部用意しておいた。またいつか・・・』

震える手と溢れ出す涙で、私はその先を読み進めることができなかった。

 

いつも夢を叶えたいとアンテナを張って生きてきた。でもそれを必死に隠してきたのに、私の手は自然とあの記事をクリックした。

 

あぁ、母にどんな恩返しをしたらいいのだろう。ここにある全てで何か一つ形にしたら、花束を持って母に会いに行こう。

 

もうすぐ夏が来る。季節に追い抜かれる前に私は走り出す。